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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)3069号 判決 1956年3月05日

原告

小沼利

被告

李君錫

主文

被告は原告に対し金十二万円及びこれに対する昭和二十九年四月二十日以降完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は全部被告の負担とする。

この判決は確定前に執行できる。

事実

(省略)

理由

(一)  被告が昭和二十八年七月十四日原告主張の場所において原告に暴行を加え原告主張の負傷をさせたことは被告の認めるところである。

(二)  成立に争のない甲第四号各証、原告本人尋問の結果により成立を認め得る甲第二号証の一乃至五、第三号証の一、二、及び原告本人訊問の結果によれば、原告は右負傷を治療するためまず松岡病院の診療を求め、昭和二十八年十一月三十日までの間順次医師の指示に従い名倉病院、井口病院、東大病院、青砥病院及び大浦歯科医の診療を受け、その後も昭和二十九年九月三十日まで青砥病院に通つて手当を受け、その間治療費としてすでに合計金二万九千二百四十一円余を支払い。なお顎骨骨折の治療費として概算三万余の支出を予定せられており、その外交通費として相当額を支出するのやむなきに至つたことが認められる。もつとも原告が右医療につき生活保護法による扶助を受けたことは当事者間に争がないが、成立に争のない甲第四号各証及び原告本人訊問の結果によれば、以上の認定の金額は医療扶助額を控除した本人負担額として現実に支払い又は支払予定の確実な金額のみの計算であることが明らかであるから、この点についての被告の主張は理由がない。

(三)  原告本人訊問の結果によれば、原告は本件負傷当時株式売買につき顧客のために株価変動の予想をなしその他取引の仲介業に従事して一ケ月少くとも一万五千円を下らぬ収入を得ていたところ、本件傷害の結果が意外に重大でその治療に長日月を要し昭和三十年十月まで医師の手を離れることができなかつたこと、従つて原告主張の一ケ年間は十分な執務ができず、妻の労働と兄の援助とにより生活を保つて来たことが認められ、少くとも右期間中の得べかりし収入合計金十八万円を得ることができなかつたものと認めることができる。

(四)  然しながら本件事故発生の原因を調べてみるに、原告本人訊問の結果によれば、原告はかねてから被告の酒癖が悪いことを熟知しながら被告の勧誘をことわり切れずアパート内で共に飲酒した挙句、更に外出して飲酒しようという被告とアパート出入口で口論を生じ、管理人に制止せられて喧嘩をやめ自室に帰ろうとするところを被告から暴行せられたものであることが認められ、これらの事実に徴するときは本件負傷の原因となつた被告の暴行は酒気を帯びた原被告の喧嘩に起因するものであり、原告の言動も本件事故を生ずるにつき相当の誘因となつていることは否定できないものというべく、右はその損害賠償の額を定めるにつき斟酌すべきものと認めるを相当とする。よつて被告の負担すべき賠償金額を金十万円と定める。

(五)  次に原告本人訊問の結果及び前顕各証拠によれば、原告の負傷は暴行の程度に比較して意外に重く相当の期間入院治療を必要としたのみならずその後の経過もはかばかしからず一年以上受診せざるを得ない状態にあり、その生活状態に鑑み肉体的及び精神的苦痛に甚大なものがあつたことが認められる。然しながら原告がかかる苦痛を受けざるを得なかつた原因の一として原告に前段認定のような不注意の行動があり、又原告本人訊問の結果によれば、被告は本件暴行の故をもつて刑事上の責任を問われ、その刑期満了後は一定の職がなく資産を有するともみえないような生活状態であることが認められ、以上の事実と前段認定からうかがわれる原告の生活状態とを綜合して、被告が原告に対し支払うべき慰藉料は金二万円をもつて相当とすると考える。

(六)  以上判断したとおり、被告が本件暴行により原告に対して支払うべき損害賠償額は合計金十二万円であるというべく、被告は原告に対し右金額及び訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和二十九年四月二十日以降右金額完済までの年五分の割合による遅延損害金を支払うべきである。

よつて原告の本訴請求中以上の部分を正当として認容し、その余を棄却し、民事訴訟法第九十二条、第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾)

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